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夜の海

高校三年生は、私のアイデンティティが大きく変わった時代だった。当時、美術大学の受験生で、倍率は約10倍、しかも現役合格をコミットしていたから、プレッシャーは相当のものだった。

先生たちは大学合格の実績を出すために懸命だった。生徒たちは、自分の将来と守るべき自尊心との葛藤で苦しんでいた。素直に真面目にやる子は評価され、そうでない子は批判される。学校では暗黙のうちに階級ができ、「優秀」というラベルを貼られた子も「落ちこぼれ」のラベルを貼られた子も心のどこかに欠落感を抱えたまま、戦い進んでいかなくてはならない。

17歳の私の世界は、狭いものだった。だって、毎日といえば、絵を描くこと、勉強することだけだったから。美術科クラスの大半は勉強が嫌いだった。受験勉強の代わりに恋人との付き合いで悩んでいた。話そうにも、話が合わない。

本当は知りたいことがたくさんあった。友達や男の子との触れ合い、それから他の国にいる人たちが、どんなことを考えて生きているのか。とにかく「人間」を知りたかった。しかし、それを知るための時間も、行動力も、環境もなかった。望む未来を作るには、今できることで、基礎を固めるしかなかった。

環境は社会的圧力だ。性質の違う人に囲まれて道を歩むには相当の精神力がいる。私は時々疲れて、学校を休んだ。逗子海岸から歩いて5分の場所に家があり、疲れた夜は、犬を連れて海岸へ向かった。

潮の匂いに包まれ、砂浜に出る。海岸道路沿いは飲食店の灯りで賑やかだ。暗黒の闇に目を向けると、打ち寄せる波の音が聞こえた。砂浜に犬を放すと、犬は力一杯走り出した。ガードレール下であまり美形でないカップルが抱き合っていた。

私は海に目を向けた。遠くまで続く闇に、体が吸い込まれそうだった。私の中で疼く、まだ知らぬ力が、「このまま遠くまで流されてみようか」と誘っている。

闇を見つめていると、星が見えてきた。紫色の空の下で大きな波がゆっくりと、押し寄せては引いていく。波のリズムに呼吸を合わせると、荒立っていた心が落ち着いていく。

「今巻き込まれている戦いは、人生の中では、ほんの一瞬のことだ」そんな声が、聞こえてくるようだった。

フィンセント・ヴァン・ゴッホ 「 星降る夜、アルル(ローヌ河の星月夜) 」1888-89


About TOMOMI SATO〜人生開拓アーティスト佐藤智美 プロフィール

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