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「重さ」を伝える、日本の美術。

ここのところ新規ビジネスの立ち上げで忙しくて作品が描けてない。描きたいし、描けたら良いのができるだろうなあと思っているのだが、今はそれに集中できそうもない。まずは土台作りだ。

社会はこれから再構築されるように思う。今まであったコミュニティが解体され、もっと多様な繋がり方ができる時代がくる…..と思うのは、私がそうなっていきたいからだと思う。その時に備えて、仕事のあり方、人との繋がり方、発信の仕方を、再考したい。

アートが人の手で作られ、発信されるものなら、受けとる力も必要だ。作品だけを受け取って作家のマインドと繋がらないという事は、作品への理解も中途半端になる気がして。作品を作った人を知らなくては、真の発展は起きないんじゃないかと思う。私は自分とは違うものを受け止める心の度量が欲しいのだ。

数日前、昔一緒に展示していた美術家さんから、展覧会のお誘いを頂いた。ここ数年外国での発表活動で奮闘していた私は、とても懐かしい気がして、久しぶりに祖国で展示もいいな、と思いながら、3年前にこの展示に参加した時の図録を紐解いてみた。

実力のある作家揃いだった。作品に「重さ」を感じた。作品、というより、心の重さ、深さ。圧倒的な技術力で描かれているのは美というより苦悩に見えた。苦悩はずっと守られ温められてきて、ここぞと言わんばかりに放出されている。それらは、受け入れられないことを覚悟して描かれているようにも見えた。
日本で公募展に参加した時、美術館に飾られていた作品群にも同じものを感じた。大画面で重い心を訴えて、一番大声でそれを叫んでいる作品が賞を獲る。

この苦悩は多分、日本の社会が育てたのだと思う。強制される調和の中で、表現できなかった個性と感情が心に溜まって重くなったもの。それがどれだけすごいものか、訴えて共感させるのが日本の美術だ。
銀座で個展をやっていた時、爽やかでお手軽なデジタルアートは軽視された。「もっと重くないと価値がない」と評されて、私も知らぬ間に、自分の作品に重さを求めていた。そうする事で人の心の核心に届くような気がしていた。でも、重たいアートは見ていて疲れる。正直、私はもう、お腹いっぱいだ。

美術を続けていくと感性は研ぎ澄まされ、良くも悪くも、普通の生活をしていたら気づかないことに気付いていく。それを芸術家たちのものに留めておかないで、社会に伝えて行く事が本来の仕事だ。時代が変わりつつある今、伝えるなら苦悩より幸福の方がいい。苦悩を手放して、翼を広げること。日本美術の枠を飛び越えて活躍している人は、それができているように思う。
心は重いより軽い方がいい。既成概念を壊して新しい時代の波に乗って行きたいから。それは自分を見失うことではなくて、状況に順応することで生き方や幸福の概念を更新することなのだ。

石田徹也『飛べなくなった人』1996(heapsより)



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>言葉とアートで人生をブレイクスルーする フリーランス画家 佐藤智美

言葉とアートで人生をブレイクスルーする フリーランス画家 佐藤智美

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