——–私は死にたくて死にたくて、毎日死ぬことばかり考えて止まりません。どうしたら良いでしょうか。
岡田斗司夫さんのYoutube「おかだ録」で、こんな質問があり、岡田さんは笑いながら答えた。
「それって、”私はエロくてエロくて、毎日体に悪いほどオ○ニーしちゃって、止まりません、どうしたらいいでしょうか”と言っているのとおんなじ事だよー!考えないこと。心をどこかへ離すこと!」
笑ってしまった。でも、よくあることなんだよね。
囚われるとき、心の空虚に何かがスポンとハマって、そこに居座ってしまうと、魂ごと持っていかれてしまうような。
例えば、コロナが流行ってマスクとかトイレットペーパーがそこら中から消えている時とか、老後の健康がどうか、年金が出るかどうかとか、今考えてもしょうがないことでも、自分の生存に関わることだと、何かしなくちゃって闇雲に考えたり動いたりする。
心の空虚にハマったもの
心のことを考える時も同じで、自分が空虚だなあと感じていると不安になってきて、空虚を埋めることをずっと考えてしまう。
人間の意識は恐ろしいもので、空虚を見続けていると、空虚が埋まるどころか、それが前提の人生になってしまうものだ。
例えば、暗い井戸の中を毎日見ているカエルは、井戸の外へ抜け出すために、井戸の中を研究し続けても、井戸の外の世界(賑やかな街や広い深い海)は知る由もないのと同じだ。井戸の人生を受け入れることはできるかもしれないが。
私もちょっと前は、人間を理解するために自分をずっと見つめていた。でも自分に意識を集中していると他人がどんどん見えにくくなって、ますますこだわりの中に自分を閉じ込めてしまう。
でもこれは、疲れている時によく起こることで、体を休めたり、しばらく時が経つと悩みは消滅してたりするんだけどね。
交流こそが人生を創造する
変化を繰り返してきたのは、「変わりたい」という欲求が出会いを求めてきたからだ。
出会いは化学反応だ。感情が上がったり下がったりしたときに、どうして自分がそうなっているのかを探ってみると、その人(モノ)が自分にとって、どういう存在で、繋がるべきなのかそうでないのかが見えてくる。
実はここが大事で、必要だと感じたら、なるべく良い係わりができるよう努力することだ。
誰もが人生の交差点を行き来し、出会ったり別れたりを繰り返している。一瞬でも繋がれたということは、縁があったということだろう。
前回の記事に書いたが、だらだらと長い会話は好きじゃない。それよりも、相手のバックグラウンドを知り、相手にとって一番良い言葉は何かを考えていくと、ベストな係わり方が見えてくる。
交流こそが、最も人生を最も創造する行為だ。人間関係に限ったことではなく、料理をして素材の変化を試すのも、芸術で感情を解き放ったり流動させるのも、学問を身につけて生活に役立てるのもよし。そんな経験を重ねて、少しずつこだわりが外れ、しなやかに外へ広がっていけるのかなと思う。
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