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人を描く。人を見つめる。

次作では人物表現を工夫したいので、資料を集めて鉛筆で描いている。以前のような写実表現は卒業し、なるべく少ない線でその人となりを表現できたらいいなあと、ここ1ヶ月くらい続けているが、なかなか面白い。
人を描くために、人を見つめる。輪郭を拾い、顎の太さや目の形、口元の上がり具合など、一つ一つ注意深く観察していると、その人の性格や生き方、人生が見えてくる。

これは私にとって感動的な体験だ。普段、人の顔をまじまじと見ることはあまりない。そんなふうに見るのは失礼だし、対面している時は、顔ではなく別の何かを見ているような気がする。もしかしたら自分の心かもしれない。私たちは人と対面する時、相手というよりも、自分の心に映った相手を見ているのではないだろうか。その人となりを知ることより、相手が自分をどう見ているかに気を取られているのだ。

人に見せる顔、見せない顔

先日は、父の肖像画を描いた。母が電話で、父が最近、話もできないほど口の筋肉が弱った、と悲しそうだったからだ。
父が元気だった頃を覚えているので、弱った父を想像するのが辛かった。しかし悲しんでいると、本当に悲しみから戻れなくなりそうで、記憶の中の父を引っ張り出そうと写真を探した。

20年以上前、結婚したての私と夫が実家に行った時に、皆で撮った写真が本棚の写真立てにあった。夫の隣で、おおらかに笑っている父が右端に写っていた。家ではあまり見たことのない、心を開いた顔だった。私は画用紙を取り出して、鉛筆で輪郭を辿った。

写真が小さいので、細かい表情まではわからなかったが、眉毛の形や顎のラインなどを追うと雰囲気が出てくる。父というより、お客さんに好かれる営業マンの顔だなと思った。

完成した絵をラインで母に送ると、感動したようで、さらに写真を送ってきた。
それを見て、私は少しがっかりした。定年以降の父が母と旅行に出かけた時の写真は気難しい顔をしていて、父というより会社の上役だった。私に娘が生まれた頃、家族みんなで撮った写真も、父は厳かな顔をしていた。

最後に送られてきたのは、数年前、デイサービスの施設で誕生日に撮った写真だ。持病が進行し、施設のお世話になり始めた頃だ。それが唯一、心から笑っているような写真だった。父は家でいつも緊張していたんだなあと思う。

「イノセント」が表れた顔は美しい

写真って正直だ。私はよくセルフィーで撮るけど、その時の気分で顔がかなり変わる。元気な時は若々しい顔になり、疲れている時はシワやたるみが目立つ。緊張している時、気合の入っている時も、目力に差が出る。

ネット上で写真のやり取りはあまりやらないが、写真を撮られたくない人は、自分の気づかない部分、隠している部分が表出するのが嫌なのではないだろうか。
でも、自分の知らない部分を知りたい人は多いようだし、ありのままを見て欲しい人もいる。そういう人の顔には曇りがない。美男美女に限らず、イノセントが表れた顔は美しいのだ。

私は人物を描きたい。でも描きたい人でなければ描かない。その人のイノセントを見なければ、描いていても面白くないし、いい絵など描けないからだ。


佐藤智美 Self Portrait 2022

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