セックスは「セラピー」。

男女100人とセックスしたバイセクシャルの女装家セラピスト、クノタチホさんの「ちょっと大人な恋学×性学研究室」が面白い。100人もセックスしていると悟りが拓けるのか、私たちの心や生き方と関連づけられた、スピリチュアルなものとしてのセックスが語られていた。

セックスは「セラピー」だという。自分らしく、リラックスして生きるのには欠かせないものだ。
私たちは普段、社会で様々な役割を演じ、義務や責任で欲求を抑圧していて、このまま長く人生を続けていると、社会的な仮面を外すことができなくなり、晩年になって健康を害したりする。

性欲はそんな窮屈な生き方とバランスを取るように湧き起こる。セックスしたい時のムラムラは、「タブーを冒している」罪悪感ではなく「思うように生きられない」ストレスであり、自分と違うタイプの人とセックスする事は、抑圧された部分を解放し、肩肘を緩めて柔らかく生きることのきっかけになるようだ。
しかし何人もの異性とセックスをする人はそれだけ現実生活に負荷が多いということなので、生き方を一度見直す必要があるらしい。

クノタチホさんの話を聞いていると、普段纏っている社会的風習の鎧が外れて自由になっていく。一人の人間として幸せに生きていくことと、セックスは密接な関係があるのだ。

体を開きたいと思う時、言葉にはできない絶妙なタイミングがある。自分と相手の、持っているものと持っていないものが猛烈に引き合う瞬間、意志や思考は役に立たない。暴力的に繋がり、それがうまくいくとか、うまくいっていないとかに関係なく、日常もろとも変えていく。
心理学とか道徳などで押さえ込もうとしても無理なのではないか。だって魂のグルーヴに乗るようなものだから。私たちは誰もがそのような大きな存在によって、人生を動かされているのだ。


リラックスして人と対面すると、相手のいろんな面が見えてくる。SNSのテキストには見えない成熟度、感受性、包容力、知性を、私たちは五感で感じ取る。
普段の役割から解放されると、私は感受性の動くまま、ふわふわと飛んでいってしまいそうなので、しっかりと繋ぎ止めてくれる、包容力のある人だと安心する。(私の欲望は相手の包容力と連携しているようだ)。でも時として、それとは全く違うタイプに出会うのは、その相手が、その時の私に必要なものや欲しいものを持っている人で、学びを得るよう運命付けられているからだと思う。

どんな出逢いも意味があるし、無駄なものなんてない。
だから魂のグルーヴに乗って生きた方が、人生は楽しいし、うまくいくのだ。


ただ、今までの人生で傷ついた経験が癒されないまま生きてきた人は、恋愛への期待が大きくなり、失恋すると大きな傷となってしまうので、心理学や社会的道徳に防波堤になってもらう必要があるだろう。

写真:Racool_studio – jp.freepik.com によって作成された people 写真



「言葉とアートで人生をブレイクスルーするフリーランス画家 佐藤智美」メルマガ登録はこちら

【TOMOMI SATOS ART WORKS】https://www.ts-artworks.com
【TOMOMI SATOS ART SHOP】https://artworks2017.thebase.in
【TOMOMI SATOS ART BLOG】https://tomomiart.tokyo
【GOOD DAY! GOOD LIFE!】https://lifeupdate.xyz

スポンサーリンク
最新情報をチェックしよう!
>[Mail Story] アートで窮屈な日常が拓けた未来に変化する〜あなたの「軸」への道標

[Mail Story] アートで窮屈な日常が拓けた未来に変化する〜あなたの「軸」への道標

古い価値観が崩れ、新しい価値観が生まれようとしている現代。変容する社会の中で見えた人間の姿を、アート&ストーリーでお届けします。

CTR IMG