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昭和世代の「根」、令和世代の「羽」。

最近テレビでよく見る番組は「Z世代が選んだ昭和の歌謡曲」とか「令和世代が選んだ昭和の女優特集」だ。多分、彼らの親世代の多くが昭和生まれなので、親からよく聞いているのだろうし、Youtubeなどでも目にするのかもしれない。

最近ギャラリーで、若い作家が老人客に居座られ、長々と昔話やら説教など聞かされて困っていると聞く。老人客は良かれと思ってしているのかもしれないが、若者はそんなものは聞きたくないんだろう。まったく老害だなあと思った。

銀座は確かに年配のアートファン(趣味や暇つぶしで画廊巡りする人も含め)公募展やアート雑誌記者、評論家が多い。私も銀座で4回ぐらいやったが評論家さんには「頑張ってね」と励まされるだけで、それっきりだった。
美術雑誌に特集されているのが美人画とか、有名な人の洋画、日本画だったので、売れ筋を求めてくる人にうんざりしていると、画廊主さんに「デジタルアートはちょっとねえ」とか「でも変わったのが好きな人だっているわよ」とよくわかんない励ましの言葉をもらって、余計にモチベーションが落ちたのを覚えている。

今は美術記事を書きながら、国内外で活躍する現代美術家の仕事を見ているけど、日本の空気と世界る空気に大きな差異があるように思う。若い世代と中高年世代との価値観の開きも大きい。やりたいことに正直に行動する若い世代に比べ、中高年以上、昭和世代は慣れ親しんだ環境、感情に身を置くことしかできない。

昭和といえば、奮闘の時代だった。生きる選択肢は限られていたから、その中ではいつも熾烈な戦いだった。学校、会社。個人の心に関係なく、日本の強固な土台を作るために、皆が成功のモデルを目指して頑張らざるを得なかった。勝者は讃えられ、敗者は除外される。有無を言わさず世間の評価に踏みにじられた人々の誇りは、様々な感情の重石となって心に息づいていた。

働き疲れて帰宅する時に電車の窓から見た夕焼け、若者の代弁者として心を叫ぶミュージシャン、寒い冬に皆で囲む温かい鍋。そんなところで重石となった感情が柔らかく解されて、いつかこの奮闘努力がむくわれることを、誰もが夢見ていた。

令和の奮闘は昭和のそれとは全然違う。今の若い世代は生まれた時から物質的にも情報的にも恵まれている。色色なもの、様々な道があり、何を選ぼうが自由だ。だからこそ、何を選んで良いかわからない、誰かと繋がりたいけど選ぶのが怖いという葛藤があるのだろう。そして選択する為の自分の軸を何よりも欲している。
Z世代は、自身の得意なツール、スキルを持っている。インターネットの技術を使って興味引く場所を転々と歩きながら、自身の確固たる居場所を見つけていくのかもしれない。

私たち日本人は、それぞれの時代の制裁を受けて目覚めた力で人生を動かしている。例えば昭和世代は「根」、Z世代は「羽」。どちらも人生には必要なものだけど、お互いの豊かさを教えたいと願いながら交換する難しさを感じている。

経済格差も原因の一つとしてあるかもしれない。私たちは手に入るものでなければ、幸せをイメージできないから。例えばアーティストが高額な芸術作品を美術館で展示しても、一般庶民は身近に感じられない。それを購入するほど資金がないし、それらの価値を理解する感受性は、お金を追いかける日々の中で培うのはむずかしいから。
彼らをつなぐ絆があるとすれば、習慣、経験、文化を超えた、深い「人間理解」なのかもしれない。


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