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子供の頃のクリエイティビティを呼び起こす。

高校生ぐらいの時だったかな、母親に「あなたは小さい頃は目立ちたがりだったのよ」と言われた時、とても恥ずかしい気持ちになったのを覚えている。当時は人より目立とうとすることは自殺行為だと思っていたから。えらく面白そうにいう母親にも不快だった。

なぜそう思うようになったかというと、小学6年の頃だったか、クラスでそれぞれ文集ページを作ろうという企画があった時、皆がシンプルに作っているのに、私だけが自分のイラスト入りの凝った自己紹介を作ってしまい、とても恥ずかしい思いをしたのがトラウマになっているんだと思う。

内気だった私は、自分のことを皆に知ってもらいたい気持ちでいっぱいだった。目一杯表現したのだけど、友達に冷やかされ、他の人がやっていないのに、一人だけ自己主張して悪かったかなと思ってしまった。
周囲から浮きたくなかったんだな。浮くことで不当な扱いをされるのが嫌だった。実際学校では、そういう子がいじめの対象になっていたからね。

今思えば、人と違うことをする、クリエイティブな表現は、全然恥ずかしいことではない。でも、一人だけ違うのは恥ずかしいことと教える社会的圧力が、私の表現力を萎縮させてしまったんだと思う。特に女子の中にいると、誠心誠意でやってことも冷やかされるしね。

「あなたは目立ちたがりだったのよ」と面白がっていう母は、わりと常識屋だったから、他の女子と同じように私を冷やかしているのかしら、と思った。
しかしそうではなくて、自分をわかってもらいたいのに、変に思われたくないから皆と同じことをしてるのは損だよ、と言いたかったのかもしれない。
そんなのはつまらないから、自分を表現して、自分とみんなを幸せにしてねって。

残念ながら私の周りでは、そのロールモデルがいなかったので、実際にクリエイティビティが使えるようになったのはだいぶ大人になってからだったけど、少女の時に持っていた太陽のような表現力を今からでも引っ張り出さなくてはと思う。

クリエイティビティは生きる力だ。社会の一般的な型から逸脱したとき、代わりに生きる原動力となる。一度それが花開いたら、私たちは人生の節目節目で、押し込められていたものを表に引っ張って咲かせ、ネガティブをポジティブへ変換していけるだろう。

社会はいつもマジョリティで動いている。死んだように動く人々の嘲笑や否定に殺されそうになっても、不幸を幸福に変えるクリエイティビティで自分だけでなく他人さえも喜びへ引っ張っていけ。

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