Youtubeでホロスコープリーディングの動画を見ていたら、「月の欠損」の話があった。ホロスコープ上の天体「月」は感情を表し、月の入っているサインはそのまま個性を表すものと思っていたのだけど、現代占星術では月のサインは「持っていないもの」「苦手なもの」を表し、それらを克服しようと頑張るほど人生が破滅に向かってしまうらしい。
月サインが表す個性は、幼少期7歳くらいまでに家庭など限られた環境で作られたものであり、大人になるにつれ、幼少期に作られた自己イメージと真の自己との差異があらわになる。そのような体験を経て、私たちは「月」がイメージする狭い世界から出て、本来の使命に生きるべきだ、という。
なるほどな、と思った。
いろいろ思い当たることがあるから。
私の月サインは獅子座だ。華やかで陽気でクリエイティブな12星座の女王。
私はとても望まれて生まれてきた第一子で、周囲からも可愛がられたと親から聞いている。幼少期は絵が上手く、児童画コンクールでは入賞の連続で、小学校中学年くらいまでに私は「絵の上手い将来性のある子」という自己イメージを周囲とともに築いていた。
でも正直、根っからの美術好きというのではなかった。
美術以外にも、ピアノを弾いたり、本を読んだり、漫画を描くことも好きで、スポーツで体を鍛えることに夢中だったこともある。周りとも和気藹々とやりたかったのだが、私の中に居座っていた強固な自己イメージのためにうまくいかなかったことが多々あった。
その代表的な事例といえば、日本で名門の美術大学に入った時と、日本で有数の広告会社に入った時だった。
めちゃくちゃ頑張って大学に入った時は達成感で心が満たされたが、「美術でこれをやりたい」という明確な目標がなかった。そのため大学では、そういった目標を見つけることに躍起になり、肝心の美術の勉強は疎かになっていた。
日本で有数の広告会社に入った時、目立つ仕事に関われることでモチベーションが上がったが、大きなプロジェクトを動かすその会社はクリエイター同士のコミュニケーションと協力態勢は必須で、彼らとうまく連携するだけの技量もコミュニケーション力もなかった私は、情熱を空回りさせるだけだった。
私の太陽星座は水瓶座だ。ホロスコープ上では、月サインの獅子座とはちょうど真反対側の位置にある。
水瓶座は自由と自立、革新の星だが、若い頃はそんな要素は1ミリもないと思っていた。しかし、20代で社会的に権威のある場所に身を置き、失敗を重ねたことで、他者承認を得られなくても自分は自分でやっていくと決意し、真反対方向に向かうようになった。
30歳でフリーになりインターネット上で自由に文章を書くようになってから、私の思いや考えに共感してくれる人に出会い、仕事依頼を受けたり、展覧会に参加するなどして、充実した活動ができるようになった。
しかし、澄み渡った川面に突然ぬっと顔を出すナマズのように、幼少期の自己イメージは私にしつこくついてまわり、私を悩ませた。
例えば実家に帰った時だ。
クリエイティブ活動で充実していることを親に伝えると、「なんでもっと成功していないの」「もっとこうしないとダメだよ」と更なる課題を課される。単純に「よかったわね」と私の幸せを喜んでもらいたいのに、「やっぱりこんな私ではダメなんだ」という思いに突き落とされる。
私の実家は、切実に私自身の受容を願う場所でありながら、自己否定を起こさせ、望まない生き方を強要させる場所でもあった。だから実家と社会の往復は、人生において失望と挑戦を交互に繰り返させられているようなもので、私のアイデンティティはその間で常に揺れていた。
感情は成長しない。扱い難い感情はどうしたって起きてくるし、ぶつかったら不快なだけだ。だかといって否定も肯定もできるものではない。
私が生きてきた月星座、獅子座の「目立ちたがりや」は、誰もが認める肩書を持っていたほうが生きやすいとか、承認されなくては生きていけないという、誤った思い込みに突き動かされていただけだった。そのせいか実際に名誉ある環境に置かれたりすると、なんとなく気後れしたり「目立ちたがりやだね」と言われると、嫌な気持ちになる。そのような賞賛に値するような自信も志もないからだ。
では私自身に何があるのか、というと、「人や社会のためになりたい」という思いだ。
なぜ獅子座の人生を生きたのか。おそらくそれは先祖代々受け継がれてきた想いか、前世から受け継がれた業だろう。
陽気で華やかで、クリエイティブな獅子座。でも本当の私は、目立つ子でも、将来性のある子でもなかった。ちょっとADHD入ったエンパス体質の、生きづらさを抱えた子だった。獅子座の仮面は、祖先が体験してきた無念を晴らすために、もしくは前世で成し遂げられなかったことを成し遂げるように設定された舞台装置だと思う。
獅子座を生きて味わった挫折や悲哀、見てきた人の愚かさと社会の冷酷さ。いつかはそれらを、ポジティブな方向に変換できたらと願いながら、文章を書いたり作品を作ったりしている。そして自身の創作活動を承認欲求と安易に結び付けてはいけないことも、経験から学んだ。
今後の人生に誓いたい。どのような状況下に置かれたとしたとしても、欲に惑わされることなく、自身の使命を全うできるように。
私たちが幼い頃から持っている自己イメージは、成長して経験を積むことで本来生きるべき自己を引き出していく。幻想を捨て、本当の自信を得ていくことは、生きづらさを抱えた現代人の課題であり、充実した人生への道標なのだ。
絵:アルフォンス・ミュシャ「羽」部分
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