「突っ走らないで」の呪文。

子供の頃は感情の起伏が激しくて、学校で嬉しいことや楽しいことがあったりすると、早くだれかにシェアしたかった。飛び跳ねて家に帰って親に伝えると、一応気持ちを受け止めてくれるが、その後返ってくる言葉が「突っ走らないようにね」だった。
喜びの後に続く、この言葉は、どうしても関連性がなく、不可解だった。

人生では突っ走ることも必要だ。全力で取り組まなければ超えられないものもあるし、そういう経験を重ねてこそ成長していけるのだと思う。
にもかかわらず繰り返し「突っ走らないで」と言う人たちは、まるで呪いにかけられているように思えて仕方がなかった。

「突っ走らないで」は、どこから来たのか。突き詰めていくと、親世代が過ごした子供時代に行き着く。

戦時中の日本社会のスローガンは「欲しがりません、勝つまでは」だった。「国のために進んで命を捨てる」という教育が学校で行われ、従わないと「非国民」として拷問されたり辱められたりした。国民は自由と家族を奪われ、極貧生活を強いられ、国の定めた目標に向かわなくてはならなかった。しかし結果的に多くの犠牲を払って敗戦した。

当時の日本はまさに戦争に向かって突っ走っていたと思う。世界がどんなものかもわからないまま、国の尊厳を守ろうとしていた。しかしそれは国家的なゴーマニズムに過ぎなかった。

戦後の日本は敗戦の痛みを抱えたまま、アメリカの庇護の元、復興を目指した。「欲しがりません、勝つまでは」の精神は戦後も引き継がれ、驚異的な勤勉さで強固な社会システムを作り上げ、経済大国に上り詰めた。
個人の生活には「突っ走らないで」と呪文をかけながらも、結局日本は、経済発展のために突っ走ることを許してきたのだ。そして今、時代が変わり、経済基盤が崩れ、置き去りにしてきた「本当の豊かさ」を問われている。

「突っ走る」という言葉は、あまりにも本能的で、なりふり構わない感じだ。どうせ命をかけるなら、他者から押しつけられたものでなく、個人として選び取ったもののためでありたい。そうでなければ、充足も達成感もない。しかし何が望みであるかを知るには、人生の冒険を許す寛容な社会システムが必要だ。
それは今、若い世代によって、少しずつ築かれている。

写真:真珠湾攻撃 太平洋戦争

TOMOMI SATO
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