• アート生活,  人生

    近作を額装して、思ったこと。

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    来年イタリアで販売するので、、近作を額装した。これは昨年完成した小品。2022年1月〜12月までの1年間、近作6点が、イタリア、レッチェのPrimo Piano LivinGallery、その他オンラインギャラリーで販売されることになりました。6月の企画展INTRA MUNDIに出品した作品もこちらにて販売中です。後ほど詳しくご案内します。
    https://www.primopianogallery.com

    良い絵と飾れる絵はイコールではないけど、この絵は飾れる。飾れる絵が描けたことに少し安堵する。
    2018年以前に描いた絵は、正直飾れる絵が少なかった。特に2012年から2018年頃までは、地域社会の中で子育てと自分のあり方を模索していたから、テーマもそのようなものになりがちだった。モチーフに念がこもっていて、ギャラリーで展示すれば見応えがあるかもしれないが、部屋に飾ったら落ち着かない人もいるだろうなと思う。
    伝えたいことの全てを作品に投入するのがアーティストの正しいあり方だと思っていた。今もそれは間違っていないと思うけど、当時は完成した時の達成感と同時に、閉塞感も感じていた。

    2019年末にマイアミへ行ってアメリカのアートを見てから、今までやってきたことが古臭く感じて、今後の方向を模索していた。2020年からの1年半は、予期しない出来事によって、自身の価値観に大変動が起きた。
    意識のベクトルが、今までとは別の方向へ移行する時、物凄いエネルギーを消耗する。それを助けるかのように、いろんな人やものとの出会いがあり、新しい道標を示してくれる。人生ってよくできているなあと思う。


    佐藤智美 Pray 2019(2022年1月よりイタリアで販売予定)


    「幸せってなんですか」っていう月並みな言葉は、流行歌の歌詞にもよく出てくるけれど、これについて考える人、迷う人が多いのは、社会の中で生きていると、幸せの価値観って移ろいやすくなるからだと思う。
    せっかく掴んだ幸せも、時が過ぎれば色褪せて、また新しいものが欲しくなる。人間って、ちゃんとした軸を持たなければ、どこまでも欲張りだ。

    だから「美しい」と感じたこの一瞬を、一つ一つ描き残して置いくことは意味があるんじゃないかな。数年して、これらをつなげてみたら、面白いストーリーができるかもしれない。

    佐藤智美 2hearts 2020(2022年1月よりイタリアで販売予定)



    TOMOMI SATO
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    【Official Site】https://www.ts-artworks.com
    【Art Shop】https://artworks2017.thebase.in
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    【E-mail】tommys1970@ab.auone-net.jp

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  • アート生活,  人生

    誰もが創作欲求を持っている。

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    20年くらい前、綿矢りさと金原ひとみが、若干20歳で芥川賞をダブル受賞したときに、小説家志望者が急増した。
    当時私も詩集を出版して、ネットでブログを書き始めた頃で、心の湧き出るままに書いた物を一人でも多くの人に読んでもらいたかった。私のような輩はたくさんいたんだろうなと思う。

    とにかく書きたかった。心の声を残らず吐き出してしまわないと、後で悪い病気になりそうな予感さえしていた。会社員生活で散々自分を抑圧し削ってきても、削られた私は死んでおらず、勢いを増す自己主張は危険なカオスだった。

    小説学校には、私より文章が上手い人や読書量の多い人がたくさんいた。学校帰りに飲みにいくと、皆創作の話はせずに、日常の他愛もない話をして楽しんでいた。そして本当に語りたいことを語ろうとしなかった。

    ただ小説家の先生だけは、私の書いたものに正面から向き合ってくれた。厳しいことを言われて傷ついたこともあったけど、あのときの先生の指導がなければ、私は今も人を傷つけるような記事を書いてネットで炎上していたかもしれない。

    日本では「絵を描いています」「ブログで発信しています」というと、羨望の眼差しで見られることが多い。声にならない声を持っている人がたくさんいて、それを形にして、誰かに知ってもらいたいのだと思う。
    でも、声にならない声を形にするのは、結構勇気のいることだ。社会的な抑圧を受け続けてきた人ほど、感じることを恐れて心にバリアを張っている。もし本当に心に声に気づいてしまったら、今まで維持してきた現実生活をのバランスを崩しかねないからだ。だから、まだ社会経験の少ない若い人が素直にそれをやってのけるのを見ると、とても感動してしまう。

    私と同期だった小説学校の門下生たちのほとんどは、結婚したり一般企業に再就職したりして、創作から遠ざかっていった。一時的にカオスの勢いで声を形にすることはできても、それを続けていくことは難しい。

    「創作者」になるとは、自分が築いてきた安定を常に壊して、新しいものを作り続けていく覚悟と言っても過言ではない。
    私はこの年になっても所属するコミュニティにどっぷり浸かることがない。日常を生きていると、アンテナは四方八方に反応するけど、そんな時も自分の足で大地に立っていれば視界がクリアに開ていく。いつも身軽に動けるフリーランサーでいることは、自由に感じ思考して生きる力を育てていくと私は思う。


    TOMOMI SATO
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  • アート生活,  人生

    色彩を使いたい!

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    ここ数ヶ月間は、インターネットビジネスの勉強をしていた。Wordpressでサイトを作ったり、SEO対策をしたり、アフリエイトの準備をしたり、本業のアートからかけ離れたことをやっていて、脳が二重構造になっている。

    インターネットの世界は複雑で、初心者をねらったトラップもたくさんある。しかし失敗を恐れず、慎重に策を練って進むことだ。やり方次第で成果は変わってくると思うのだけど、ネットの世界は変化も早く、ゆったりじっくり構えていられない危機感は、これからも続くのだろう。

    HTMLタグと睨めっこばかりしていたら、抑圧していたものが噴き出してきそうだ。アートに対する考えも変わってきていて、エスキースを描きためていた。それを形にしたい。とにかく、むずかしいことは抜きにして、思いきり色を使って遊びたい。もう1サイトを立ち上げる予定があり、それの目処がついたら制作に入ろうか。

    この絵は、アンリ・マティスの「赤いハーモニー(赤い部屋)」。穀物商人の家で生まれ育ち、若い頃は法律事務所で働いていたが、20歳のときに家族から画材をプレゼントされたのをきっかけに画業を目指す。
    彼の絵は難しい思考を感じない。色彩にあふれ、見るものを楽しませる。晩年、観葉植物と鳥たちが憩う彼のアトリエからは、たくさんの傑作が生まれた。


    アンリ・マティス「赤いハーモニー(赤い部屋)」1908年



    TOMOMI SATO
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