- 2025年2月11日
痛みを回避するための宗教はいらない〜欲望の矛先《後編》
魔性の女についての動画を見たあと1本記事を書いて、あまり良くないのでSNSでの公開をやめた。痛え痛えとジタバタして痛みの回避策を提示するのはこれまでの宗教と同じだ。
私たちの社会について考えたこと。
魔性の女についての動画を見たあと1本記事を書いて、あまり良くないのでSNSでの公開をやめた。痛え痛えとジタバタして痛みの回避策を提示するのはこれまでの宗教と同じだ。
子供を産まないのは社会的に危機であるが、女性が自立しているなら、子供はいらないと思うのもわからないでもない。子供が多くて不幸せな人が多い社会より、子供がいなくても幸福な人が多い社会の方が結果的には豊かになるのではないか?
彼女たちは子供を産んだことに後悔はしていないが、この社会で母になったことには後悔している。なぜなら、日本の社会は良い母親を期待するからだ。
「成功」というキーワードを聞くと眉を顰める人がいる。そういう人は成功に展望を持てないか、あるいは貪欲に成功を求めることに嫌悪感があるのだろう。でもこれからの時代を生きるには、昭和時代特有のブロックを外していかなくてはならない。
皆自分のことはよくわからないものだ。どんなに輝いていても、どんなに周りを照らしていても、自分の本当の利点というのは、他人からじゃないと見えない。自分の全身の姿を自分では見ることができないように。
令和世代の浮遊感を取り入れようとトライしてみたが、若い人のようにうまくはいかない。私は「過去」という踏み台があるからこそ、今から未来へと高く跳べるのだろう。
note創作大賞の受賞者と編集者によるトークイベントに参加した。私は今、小説を書かないけど、受賞者がどのように作品を書き、出版社がどのように受賞作を決め、本を作っているのか知りたかった。
しがらみとは、愛という名前がつけられた「情」のつながりのことだろう。ある年齢を過ぎた頃から、それが全て幻に見える人と、かけがいのないギフトと捉える人と二極化する。