家族の団欒の時に話が飛んだり、感情が昂ったりして、うまく調和できない時がある。皆が楽しめなくなると思って言葉を呑むと、自分の感情を消化するのにエネルギーを使うので、話を聞いても上の空になる。
「一人で部屋に篭っているとボケちゃうから、なるべく団欒してろよ」と夫に言われる。そうだと思う。けど、こういう時の団欒は、私にとって苦痛だ。
そういえば、実家にいた時も、そのようなことを言われた。
団欒は、周りにチャンネルを合わせないとできない。でも、こういう時の私は、内側でマグマが噴火しているので、会話が唯我独尊状態になり、面白く聞いてくれる人と、不快になる人と、二極化する。
高校生の時は、親がよく話を聞いてくれた。それはいいのだが、後で「議論は人に嫌われる」と言われ、以来、あまりしないようになった。その代わり頭の中で、盛んな議論が繰り広げられるようになり、人知れず私の頭の中は進化していった。
内側で火山が噴火する時は、猛烈な自己変革が起きている。周りとの調和を考えると、動悸や息切れが起きる。この傾向が年々激しくなっているので、相当、抑圧されていたのかも知れない。
どうして私は調和を取ろうとしてしまうのだろうか。
元々の気質かも知れない。人に優しくしたいし、されたい。皆を大事にしたいのだけど、そうすると、本来の私の力が萎んでしまう。
やりたいことを我慢したら自分に申し訳ないと思うし、やりたいことを押し通そうとすると、周りを傷つけて申し訳ないと思う。何やっても申し訳ないと思うなら、そんな関係(感情)は捨てちまえばいいじゃん、という結論に辿り着く。
結局、どう生きたって完璧な受容はないのだから、これは私の人生に必要なことと思って、岐路を突っ走るしかないのだ。
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娘に望月けいのイラスト集を見せてもらった。今売れているイラストレーターさんだ。キャラクターデザインがベースとなっているが、緊張感のある配色とゴスロリ、エログロテイストの不穏な空気感は今の時代に共通のものを感じる。
恋愛は深化したコミュニケーションだ。言葉によるやりとりで、言えていない心を伝えるための。ちょうど心の扉が開いたところに、タイミングよく言葉を投げるみたいなコミュニケーションの積み重ねで、絆を深めていく。
行きつけの病院の血液検査結果を見たら、グルコースと尿素が標準より高く、中性脂肪が標準値より低かった。いつも異常なしなのに、こんなことは初めてだ。
渡辺優著「女王様の電話番」を読んだ。Yahooニュースに出ていた紹介記事を読んで、面白そうだったので早速Amazonで注文した。次の日に届いて、1日で読んでしまった。
今やっている世界陸上をみていても思うんだけど、自分のキャパ以内でトレーニングしていても自己ベストは出せないように、自分が持っている感性を全開にして生きないと新しい発見も感動もないのだ。