我が家にあった電子ピアノを粗大ゴミに出した。
長く家にいたピアノがいなくなるのは、少し名残惜しかった。しかし色々ものが増えてくると、不要なものは捨てていかなくてはならない。
このピアノ処分するよ、と夫に言ったら、「お前がほしいって言って買ったものだろう」と言われた。
結婚してから私は、実家にいたときはあまりできなかったことに思いっきり挑戦した。夫が自由にしていいというので、とにかく子供みたいに心から楽しいと思う瞬間を求めて、いろんなことに手を出した。最初は熱意を持って取り組むのだが、ほとんど長くは続かなかった。
結局長く続けているのは、ブログ執筆と、絵の制作、占いぐらいだ。しかしこれは子供みたいに我を忘れて楽しむというよりは、そのような時間を求めて修行しているような感じだ。友人からは「僧侶みたいね」なんていわれる。
私は何を求めてきたのだろう、と改めて考えてみる。
結婚後に始めたボーカルレッスンとかスポーツジムとか、それ自体は私が求めているのもではなかった。ただ人生の節目節目で、自分の壁を超えた瞬間、心から澄み渡るような経験をしたこときっかけに自由になったのを覚えている。
身を刺すようなアウェイの中で、感情を表に出せた時。全く脈を感じなかった人に想いを伝えられた時。怖いと思っていたものにぶつかってやり遂げた時。私の中で縮こまっていたものが、すんなり溶けて、子供のように無邪気に笑っているのを感じた。この瞬間から私は長く縛られてきたものから解放され、以前とは違う自由を手にした。
自由を生きるとは、単純に、趣味や仕事を選ぶ、ということだけではない。もっと本質的には、自分のトラウマから解放されることではないか、と思う。
子供の頃、不用意に傷つけれ動かなくなってしまった純真を、再び動かせるように心の扉を開けていくこと。これは長く内観する作業が必要になるから、私のアート活動がそのための修行だったことは否めない。
魂は外側に左右されない強さとしなやかさを潜在的に求めている。そのための経験を得ることに貪欲だ。押し付けられてきた制限から解き放たれ世界と繋がりたい。なぜそれが必要なのかというと、外側へ愛を惜しみなく出していくことが自分への愛になるからだ。
いつもインスピレーションともに生きている芸術家や冒険家たちは、そのような経験を重ねて、自分自身を満たしていったのだろう。
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娘に望月けいのイラスト集を見せてもらった。今売れているイラストレーターさんだ。キャラクターデザインがベースとなっているが、緊張感のある配色とゴスロリ、エログロテイストの不穏な空気感は今の時代に共通のものを感じる。
恋愛は深化したコミュニケーションだ。言葉によるやりとりで、言えていない心を伝えるための。ちょうど心の扉が開いたところに、タイミングよく言葉を投げるみたいなコミュニケーションの積み重ねで、絆を深めていく。
行きつけの病院の血液検査結果を見たら、グルコースと尿素が標準より高く、中性脂肪が標準値より低かった。いつも異常なしなのに、こんなことは初めてだ。
渡辺優著「女王様の電話番」を読んだ。Yahooニュースに出ていた紹介記事を読んで、面白そうだったので早速Amazonで注文した。次の日に届いて、1日で読んでしまった。
今やっている世界陸上をみていても思うんだけど、自分のキャパ以内でトレーニングしていても自己ベストは出せないように、自分が持っている感性を全開にして生きないと新しい発見も感動もないのだ。