美術全般のこと。
集団で展示すると、自分の絵がどのように見えるか、正直、目の当たりにするのが怖かった。でも実際会場に展示してみると、自分の持ち味や至らない部分もしっかり受け止める事ができた。
今までデジタルアートを制作してきたのに、なぜ今更肉筆なのかという声が聞こえてきそうだが、手で制作することで自分の作品に一層愛着を感じられるようになったから。
これから多様化が進んで、皆がそれぞれの考えを持って生きているなら、誰か一人の考え方が全体を支配して引っ張っていくのは不可能だ。代わりに他者と共感し係わる能力が必要になるだろう。
松山智一さんの作品からは多人種の混乱と奮闘が伝わってくる。それが世界の中心地、ニューヨークという場所、松山智一さんの日常なのだろう。
自分のやりたいことをやってもいいですよ、というのは言葉の綾だ。外界とリンクしないからオリジナリティと言えるのだけど、自分のオリジナルの世界のどこから橋をかけるか、それは外側の世界を知らないと見つからない。
アベレージな人たちは、皆と同じでいることが安心なので、アベレージにとどまっている。そして本当の自分自身を知ろうとしない(あるいは、表現しない)。良いかか悪いか、という問題ではなく、それが生き抜く術なのだ。
私たちは日常的に無意識に日本のデフォルトの価値観で動いているけど、自分の幸せが何かを知って、そのために生きて行くようになると、世間的な価値観は気にならなくなっていくだろうな。