「悲しみ」を受け止める。

父の葬式が終わって3ヶ月が経ち、叔母とLineで話した。父の闘病中、母とのやり取りや家族の奮闘、その時の私の気持ちを書いていたら、当時、私が抱えていた家族への気持ちがどんなに大きくて、でもそれをきちんと表現できないもどかしさが、どんなに負担になっていたかわかった。

「悲しい」と「頑張らねば」が両側から引っ張りあって、体がバラバラに裂けてしまったような。脱力状態から、なかなか抜け出せないのも、そのせいだ。

周りにいた家族、父の兄弟も同じ状況だったのだろうなと思う。
みんなそれぞれ重たい思いを抱えて、それをなんとかしよう、でも周りに迷惑をかけないようにって、精一杯気遣いあって、でもちゃんと消化しきれなくて、結局後悔が残ったような。

悲しみは、私たちを冥界へ引きずり込む重りのようなものだ。引っ張られてバラバラにならないように、見ないようにして、大人らしく振る舞って、後で「大切にできなかった自分」を後悔する。

「大切にできなかった自分」というのは、悲しみの反動で浮き上がってくる「今までありがとう」の気持ちだ。
近くにいるからこそうまく伝えられなかった深い思いは、重い振り子のようで、ありったけの力で相手に飛ばしても、ちゃんと受け止めてもらえないと戻ってきた振り子に倒される。
貰った愛を返すよりも、拒絶される痛みを軽減しようとしてしまう大人の賢さ、臆病さが悲しい。

でも私は葬式で泣いた。今まで家族の前で感情を出せなかった私だけど、泣くことでちゃんと「ありがとう」が言えた気がする。


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