ハートでつながるということ。

心理カウンセラー平準司さんのYoutubeチャンネル【心理Q&A】で、性的欲求にまつわる罪悪感についての考察が面白かった。
一見良好なパートナーシップを築いているが性的欲求の処理に困っている相談者に対し、平さんはこんな返答を返す。

「あなたは、そんなに過激なセッ◯スプレイをしないと、感じられないんですか?彼女と出会った時はどうでしたか?どうしてそんなに心が閉じてしまったんでしょうね…..ハートでつながる、ということを知るとね、ポルノも風俗も、全部マスターベーションでしかないと気づきますよ。そしてね、ハートでつながるセッ◯スは、パートナーとしかできないんです」

なんかすごく、真実味を感じた。私はハートのないところにいると、とても緊張する。例えば、伝えたいものがないのに技巧ばかり高い作品や、エロ話が好きな男性が集まる盛場、虚栄心の強い裕福層が集まるパーティ。他人の目線にチャンネルを合わせて、その他は欲望に任せて生きているような人たちとは、どう向き合っていいのかわからないのだ。そして、そのような人たちには、私はいつも子供扱いされていた。

人間の感度は、何かの体験で切り替わるのかも知れない。
例えば、タブーを冒す時。ここから先は行ってはいけない、という禁止を破る時、言いようのない興奮を覚える。自分が強くなった気がして自信がつき、プライドができ、傲慢になる。

この時人は、今まで大切にしてきたものを捨ててしまうのだろう。

数年前に流行したアニメ「鬼滅の刃」を思い出した。
主人公の竈門炭治郎の妹、禰豆子は、家族の襲撃事件を機に鬼にされてしまう。人間であった頃の記憶を失くしてしまうが、炭治郎の思いで兄弟の絆を保ち、炭治郎とともに鬼と戦う。窮地に陥った炭治郎を守るときの禰豆子の憎悪と怪力は常人を遥かに超えていて、一蹴りで鬼の首を吹っ飛ばすほど凄まじい。
終盤、炭治郎の兄弟愛で禰豆子は人間に戻ることができるが、ハートが繋がるとは、とても繊細な体験で、深く傷ついた心にアクセスすることがどれだけ難しく、勇気と粘り強さのいることかを感じるだろう。

人間の欲望は終わりがなく、何かを達成すると、もっと挑戦したくなり、魅力的な人に出会えば、もっと知りたくなる。しかし子供時代に叩き込まれたタブーに縛られて、欲望を持て余し右往左往している大人たちを見ると、悲哀を感じずにいられない。

現代において、大人になるとは、ある意味、生きることに器用になることではないか。
私でさえ、創作する時の猛獣のような自分と、家庭にいる時の穏やかな自分を使い分けている。どっちかの私しか知らない人のこと思うと、これもタブーを冒しているのではと思う。「創作する孤独な自由人は、良き家庭人になれない」という刷り込みが余計に疲弊させる。子供時代はこんなことは考えなかった。

私が恐れを感じる、盛場のエロい男たちや、パーティに集まる虚栄心の強い人たちにも、切実な思いはあって(意識しているかは別として)、決して人生を快楽で消費して終わりたくないのだろう。しかし今まで持ってきたプライドとかいろんなものを捨てられずに、いつか素敵な誰かとそれをシェアして幸せになる夢を見ている。

インドに住む友達と、他人の世話について話した時に、こんなことを言われた。
「半端な気持ちで他人の世話はできない。献身は自己犠牲だ。自分の全てをかけてやるんだ」

「自己犠牲」という言葉を聞いて、少し震えた。心理学では「共依存」の用語だと教わっていたから。でも人が本気で他人のことを考えたら、自己犠牲も厭わないのが自然だろう。

パートナーシップに限らず、何か一つのことに人生を賭けることは献身に値するのではないだろうか。仕事や社会活動に人生を投じた人たちは、社会とハートで繋がっている。つながる場所があるハートは安定し、目標も明確になるので、無駄な欲望は消えるんだろうなあと思う。



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