娘が学校の海外研修旅行に行きたいと言い出したので、それを夫に伝えたら「いくらかかると思ってんだ」と震え上がっていた。それから将来のこと老後のことなど心配事がたくさんあるから相談しようと打ち明けられた。
彼がそのようにいうのは初めてではないので、私は同意したのだけど「そろそろ行こう、人生を」なんて突然いうので「もうとっくに来てるじゃん。私たち結構がんばってきたよ」と返したら、彼は、はははと笑って、チャットを閉じた。
私だって考えていないわけではない。今の時代、将来を考えていない人なんていないんじゃないだろうか。私だって10年後、20年後のことをいつもシュミレーションして、頭が変になりそうなこともある。心配しすぎて動けなくなってしまったら、今をも失ってしまうので、あまり考えないようにしていた。
でも夫は多分、私とは違う視点で、将来を見ているのだと思う。そしてちょうど今、これまで見てきたビジョンに限界がきて余計不安になっているのだろう。とにかく今は彼と足並みを揃えないと。
ふと目をそらせば、私たちの周りには何もないのかも知れない。今は健康で、お金もそこそこあり、友人も家族もいて、楽しくやれるけど、エネルギーがなくなっていくとそれが一つ一つ消えていって最後には無くなる。その時に私は何を持ってあの世に行けるのだろう。お金も大切だけど、もっと大事なものがあると思っている。でも今不安でしょうがない人に、それを伝えようとしても難しい。
いつかキリスト教の礼拝で、神の御言葉について教えられても、ちっとも理解できなかった若い時の私みたいに。
もともとこの世界は虚無だ。心配も幸福も、私たちの心が作り出しているのだ。虚無の中で何をしようか、と考えていると、いつか私の実家のリビングで、お茶を飲みながら、皆でワイワイ雑談していた頃を思い出した。父も母もいて、弟がいて、夫と娘がいて、ぽんぽん好きなことを言って笑っていた。そんなふうに皆でエネルギーを交換していたのだけど、内気な夫は緊張したように体を縮めていた。
孤独は人を不安にさせる。自分と世界がつながっていない不安。生きていることを感じられないまま、死という未知の世界へ放り出されることへの激しい恐怖。
私たちはそんな恐怖に立ち向かうために、皆で手を取り合って、励ましあいながら懸命に生きているのだ。
聖書の中にあった「常にあなたのそばに神がいます」という言葉の重みを感じる。常にあなたの周りにはみんながいます。暖かい心があります。そう思うと、エネルギーに満ちてきて、この瞬間を一歩でも踏み出せるようにならないだろうか。
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教会で牧師さんと話していて、「ほとんどの人は欲でものを言い、動いていますね。愛って、あってないようなもの」と私が言ったら「大半の人は反射神経で喋っています。愛とか思いやりとか、深く考えない」という返答が返ってきた。
近頃周りでも、定年を迎えた夫婦の家庭問題や健康、金銭問題の話を聞く。生活レベルを落とした時に表出するいろいろな問題に誰もが諦観的なのは、老いて体が動けなくなってからでは打つ手がないからだろう。
朝起きると、和室の茶色い柱と漆喰の壁が目に入る。ちょうど私が結婚した27年前も同じものを見ていた。いつも彼と一緒にいた。そうすることでやっと生きていた自分は目に映るものがとても新鮮だったことを思い出した。
お宝鑑定団で初めて鴨居玲という画家を知った。ゴッホと同じ自画像作家として有名だが、幽霊のようなピエロのような自画像を見ていたら、目を背けていたものにまざまざ向き合わされたようだった。
大切なものは「その人」を語る。距離が近くて言いたいことを言い合い傷つけあった人たちにも、大事にしているもの、楽しみにしていることがあった。向き合った時の言葉や顔色だけでなく、周辺まで見ると、一個人が立体的に見えてくる。
【個展開催のお知らせ】佐藤智美展〜INSPIRATION 会期:2024年4月10日(水)〜14日(日) 会期中無休 時間:11:00~20:00 ※4/10(水) 13:00-20:00 4/14 (日)11:00-16:00 場所:Gallery Klyuch (カフェle bois 2F)