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人生のやり残しは、「アウェイ」の中にある。

今年は海外の芸術賞に応募している。すでに作品は提出しているのだが、副賞のスペシャルプライズに未登録であるというメールが何度か来たので、再度募集要項を開いてみた。このコンペの応募者の全てが副賞の登録をしなくてもよいと聞いていたのだが、何度も催促が来ると気になってしまう。

ほとんどがアートレジデンスのプログラムで、コンペの主催社が提携する地域へ2週間から1か月程度滞在し、その地域の自然や文化と触れ合い、インスパイアされたものを制作して展示するというものが多く、正直私は少し気後れしてしまった。
なぜって私は、全く自分の世界にいて、外界とコミュニケーションして作品にするということはしていないから。芸術で社会に貢献したいということは漠然と考えていたけど、いざやるとなると大掛かりだ。

気になったのは、モザンピークに1ヶ月滞在し、恵まれない子供達にアートで生きる希望を与えるプロジェクトの募集だった。日本のようになんでも揃っている安全な国ではない。貧困や犯罪もあるであろうその国で一生懸命生きている子供達がいるという現実は、自分が今置かれている状況への励ましと、人間としての共感のようなものを覚えた。
参加費は提供されるが、渡航費は自腹だ。モザンピークという国を知るために日本での風習を一旦チャラにして、現地に溶け込む1ヶ月間は、相当の労力がいるだろうけど、得られるものも大きいだろうし、芸術もそのように社会の中に分け入り、コミュニケーションをしてこそ本領を発揮するのだろう。

しかしながらヨーロッパのアーティストは、積極的に社会問題について考え、芸術活動で尽力しているのだなあと思った。


もし私が、モザンビークに行くことになったらどうなるだろう。

家族に自分で食事を作って生活してもらわないといけない。それから仕事も1ヶ月の休暇申請をしたら、その後も会社を続けられるか…そういうことを考えると、途方に暮れて、興味があることに出会っても踏みとどまってきた。仕方がないと言えばそれまでなんだけど、中途半端な生き方をしていると中途半端な作品しか作れなくなる。

今やっている世界陸上をみていても思うんだけど、自分のキャパ以内でトレーニングしていても自己ベストは出せないように、自分が持っている感性を全開にして生きないと新しい発見も感動もないのだ。それでいいのかよ、という思いは日に日に強くなっていく。

なんでわざわざアウェイに分け入っていくの、と言われるのだけど、自分とは違う場所で奮闘している人たちの魂に触れたいと切に願う。生きてきた年月よりも、死ぬまでの年月の方がすでに短いという現実を見据えると、燃えきっていないエネルギーを全部使い切らなければ人生を終われない。何に使うかって、それは私の場合、他者とのコミュニケーションで世界を知ることなのだ。



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