大掃除で、腰痛になった。

今週水曜にマンションの修繕工事の一環としてサッシの入れ替えがある。窓周りを空けておく必要があるので、家族全員で大掃除をした。正直めんどくさかった。今月は、仕事、娘の学校三者面談、進学先のプレ授業その他、諸々の雑務がある中、こんな疲れることはしたくないなあと思いながらも、当日朝からの作業を滞らせたくないので渋々やり始めた。

机の隣のラックの中にはもう何年も前にやったデザインの仕事の資料が並んでいた。後ろの棚からも、随分前に制作に使ったテクスチャやスケッチが出てきた。大掃除するのはどれくらいぶりだろうか。割とこまめに整理する方だったのだけど、目の届かないところに不要なものがあるもんだと思った。さっさとゴミ袋に入れるなり紐でまとめるなりした。

片付けていくうちに、ここ数年の私の変遷が見えてきた。過去に描いたスケッチや仕事で使った資料を見ると、当時の私が奮闘していたことを思い出す。あまり意識していなかったが、一歩一歩進化している。これからも、試練の山が待ち受けていると思うと、得体の知れない重圧が押し寄せてくる。

窓際のファックス電話をおいたラックを持ち上げようとした時、左の腰の筋に激痛が走った。
やった…。私は、左腰を抑えて蹲った。「どした〜?」と軽快な足取りで娘が来て、その後、夫も来た。
夫が持ってきた湿布を左腰に貼って、私は娘がリビングに敷いてくれた布団に寝転がった。

左腰は重く、寝返りを打つといちいちズキンと痛む。頭の中に描いていた設計図が崩れて苦い感情があふれてくる。夫と娘は見事なコンビネーションで、てきぱきと、私がやるはずだった掃除と家事をこなしていた。私は不完全燃焼の息苦しさに耐えていた。

ふと、十数年後に来る老後のことを思い浮かべた。情熱と好奇心の赴くままに人生で挑戦を続けても突然終了の時が来るんだ。その時も私は不完全燃焼の檻で苦しむのかしら。

感情的になるのは格好悪いと思っていた。しかし感情の嵐の中にいる時、自分の本性がまざまざと現れる。叫びたい私に気づかず家族は家の中を片付けていた。普段の私もこんなふうに感情を無視して日常を動かしていた。これからもこんなふうにして、人生は流れていくのかしら。
夢が叶えられなかった時、仕事で失敗した時に、私の無念を汲み取って慰めてくれた友人の、お節介にも似た優しさを思い出した。

何時間か布団に寝転んでいたら、左腰の痛みが徐々に薄れていった。ゆっくりと起き上がって、枕カバーを見たら、ポツポツと黒いシミがあるのに驚いた。だいぶ前に新調して、それからあまりよく見なかった。買い換えなくては。

夕方、夫と娘が買い物から帰ってきた。私が腰痛だというのに、ワインとピザを買ってきていた。歩けるくらいに回復したと伝えると、夫は「軽症だな。普通2週間ぐらい痛みが続くから」と言った。
それからいつものようにピザを焼き(夫の支度で)、ワインで乾杯し、テレビを見ながら、みんなで漫談した。

まだ少し腰の痛みがあるが、記事を書いている。痛みは時々貴重だ。逸り過ぎた時間を少し戻して、見えていなかったいろんなことに気づかせてくれる。


TOMOMI SATO
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