夫が交通事故に遭った。

10月31日(日)私と娘は、娘の進学先の教育セミナーに出かけていた。定員が2名だったので、夫は家でZoomの中継を見ていた。
教育セミナーはとても素晴らしい内容で、今夜は外食でもして感動を分かち合おうと思い、スマホで夫と中華料理店の前で待ち合わせの約束をした。「わかった」と快い返事が返ってきたが、待ち合わせ場所で20分待っても夫はこなかった。

普段から時間をきっちり守る人だったので、変だなあと思い、仕方なく私と娘は家へ向かった。いつも通る交差点の脇に救急車が止まっていて、もしや、と思った。その時、私の携帯電話に着信が入った。
「あなたの旦那さんが交通事故に遭いました。すぐに来てください」

救急車の中に案内された時に、血のついた足が目に入り、救急隊員に血で汚れたマスクを渡された。苦しそうに横たわる夫を見て、悲鳴をあげそうになった。
「これから病院でいろいろ聞かれます。奥さんはしっかりしていてください」
これまでの日常がひっくり返るようだった。注意深く、交通事故には人一倍気をつける人だった。こんな災難に遭うなんて思ってもいなかった。
「おそらく命に別状はないと思います」淡々とカルテに書き込む救急隊員の言葉を信じ、救急車で病院へ向かった。

肋骨服数本骨折、鎖骨、肩甲骨骨折。親指脱臼、脳挫傷。レントゲン写真を見せられた時、娘は耐えられずに看護師に付き添われ診察室を出て行った。奥さんはしっかりしていてください、の言葉を思い出して、私は医師の話を聞いた。
「結構ひどいんですよね。特に肋骨の骨が肺を傷つけていて空気が漏れてしまっている。まあ時間が経てば治ると思いますが、もしかしたら後遺症が残るかもしれないので、もっと設備の整った病院で治療した方ががいいと思います」

聖路加国際病院に転院することになり私は付き添った。救急車の定員オーバーだったため、娘は一人タクシーで帰宅することになった。夜の9時半過ぎだった。
青ざめた夫は救急車が揺れるたび苦しそうに顔を歪めた。死人のように白い足を見ると、日頃の穏やかで明るい夫の顔が何度も蘇った。なんて平和な日常だったのだろうと思った。

聖路加病院に到着し、だいぶ長い時間待たされた後、救急室に案内された。ベッドに横たわるた夫の顔はいくらか落ち着いたように見えた。医師は穏やかな顔で状況を伝えた。
「頭を打って脳震盪を起こしたので、記憶が飛んでしまっています。だんだん戻ってくると思いますけど」
ここはどこ? 何が起きた?と、夫はかすれた声で、何度も聞いた。私はその都度、「あなたは交差点で車にはねられた」と伝えた。
娘から何度もLINEメッセージが入っていたので、スマホでビデオ通話をした。家でパソコンの前にいる娘が「パパは悪くないよ、早く良くなって」と夫に呼びかけた。

病院を出たのは午前1時だった。帰宅すると娘は待っていた。コンビニで買ったサンドイッチを二人で食べて布団に寝転がった。ひどく長い1日で、体はぐったりと疲れ切っていた。

次の日は、病院、警視庁、車で接触した人、保険会社、夫の会社への対応で忙しかった。とんだ災難だったが、もらい事故なので入院費は保険で賄われるのが不幸中の幸だ。しかし、この怪我は相当痛いだろうなと、胸を痛めた。
夫から「仕事するからパソコンを持ってきて欲しい」と電話があり、私たちは、ノートパソコンと周辺機器を病院に届けたが、当分はベッドから動けないだろう。

事故発生から3日が経過し、だんだん先が見えてきた。夫は2週間の入院、11日に手術、退院後はリハビリという流れだ。昨夜夫から電話があったが、だいぶ意識がしっかりしていた。が、まだ日曜日の記憶はないという。
ずっと緊張していたからだろうか。とにかく体から疲れが抜けなかった。本当に、こんなことになるとは思わなかった。どんなに注意していても災難は襲ってくるものだなあと思う。命があるのはありがたいことだ。そして早く、いつもの日常に戻って欲しいと思う。
気持ちを落ち着かせるために、私は家の中を掃除した。娘も手伝ってくれた。二人だけの家はとても静かだが、大変な難局を二人で乗り越えたためか、爽やかな達成感があった。





TOMOMI SATO
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