「生と死」について考える(2)

大学受験の予備校でサマーセミナーがあり、みんなで渓流を描きに行った。「好きな作家の技法で風景を描く」という課題だ。私はゴッホの鮮やかな色彩を印象付ける筆遣いを試みていたけれど、ゴッホのようにはならなかった。予備校の先生に「当たり前だよ。あなたはゴッホじゃないんだから」と言われて、そうだなあ、と思った。先生がはそんな私を見て大笑いした。
予備校の先生は芸大出身の画家で受賞歴もある人だったが、言いたいことをストレートに言う人だった。それがあまりにも抽象的で理解し難かった。でも質問すると、「そんなこともわからないの」と嘲笑した。
今になってみると、先生がなぜあんなに傲慢だったのか分かる。裏に何らかの不安や恐怖があるからだ。でも当時高校生だった私には、人の気持ちに鈍感なエゴイストに見えた。美術を志すものとして師匠につかなくてはならなかったが、芸術家のそういった側面をあまり好きになれなかった。

でもゴッホって、どうだったのだろうか。エゴイストだったら、人生の中で泣いたり笑ったり、自殺したくなるくらい自分を追い込んだりできないんじゃないだろうか。ゴッホの作品群はゴッホの人生履歴だった。教会牧師を目指したり、パリへ行って様々な画家と交流したり、お世話になった人や近所の人の肖像画を描いたり。人生のステージが変わると画風も変わってく。生活していた部屋や街の風景も、彼が日常に感謝していたことは、鮮やかな色彩の作品を見れば分かる。

「種まく人」は、私がゴッホの中で最も好きな作品の一つだ。黄色い太陽は万物に降り注ぐ生命力の源で、この力強い恩恵を得て人々は生きている。生けるものは必ず死する運命だが、彼は決して死を恐れていない。なぜなら、太陽の恵みに感謝して、自らの命を一瞬ごとに輝かせているからだ。

ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ 種をまく人 1888年


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