ジョーの美意識

昭和の名作「あしたのジョー」で、ジョーに思いを寄せる紀ちゃんがジョーに問いかける。
「同じ年頃の青年は海や山に恋人とつれだって青春を謳歌しているというのに、矢吹くんときたら、くる日も来る日も汗とワセリンと松脂の匂いが漂うジムに閉じこもって、縄跳びをしたり柔軟体操をしたり、シャドーボクシングをしたり(中略)闘鶏や闘犬みたいに血だらけになって殴り合うだけの生活。みじめだわ。青春というにはあまりにも暗すぎる」

ジョーはこう返す。
「俺は健闘が好きだからやっているんだ。ノリちゃんのいう青春を謳歌するっていうのとはちょっと違うかもしれないが、燃えているような充実感は今まで何度も味わってきたよ。そこいらの連中みたいにぶすぶすとくすぶりながら不完全燃焼しているんじゃない。ほんの瞬間にせよ、眩しい程真っ赤に燃え盛るんだ。そして後には真っ白な灰だけが残る。燃えかすなんかのこりゃしない。真っ白な灰だけだ」
紀ちゃんは「わたし、ついていけそうにない」と言い残して立ち去っていく。

丈の生き方はシンプルで好きだ。
青春を謳歌した若者たちは、大人になってからも人生を謳歌する。家、家族、仕事、金、地位、名誉。それらで幸せを得ても、充実を知らず迷う人は多い。中には「大人の愉しみ」と称して不倫やギャンブルにハマる人もいる。ジョーは、義理堅く人情深いが、自身にとって何が充実で何が敵か知っている。
金も、名誉も、恋にも興味がないジョーが、唯一向う先があったとすれば、この「真っ白な灰」になることだったのではないかと思う。そのために、ジョーの美意識は、虚無や欺瞞、世俗的な欲望を敏感に嗅ぎ取り、遮断した。

白木葉子はジョーの協力者であり、彼に思いを寄せる女性だった。ジョーの夢を叶える代わりに、ジョーをセンセーショナルな存在にするために画策する葉子を、ジョーは快く思わなかった。また世界王者決定戦で、世界チャンピオンのホセ・メンドーサは、何度も向かってくるジョーに怯えて反則をしたが、ジョーは反則をしなかった。

最後ジョーはパンチドランカーとなりボクシング人生を終えるが、ジョーの物語が爽やかで美しいのは、一つの美意識に貫かれているからだ。
どう生きて、どう死ぬか。誰も、送ってきた人生に後悔や未練を残したくない。その時の目標に直進し、困難を打破し煩悩を浄化していく。そうしなければ、死際に白い灰になれるわけがないと思う。


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